大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1169号 判決

控訴人(原告) 中村五郎

被控訴人(被告) 茜化学工業株式会社

原審 東京地方昭和四二年(ワ)第一八九五号(昭和四三年五月八日判決)

主文

本件控訴は、棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金八百六十四万円及びこれに対する昭和四十二年三月八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに金員の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人訴訟代理人及び被控訴人訴訟代理人において、それぞれ次のとおり補充陳述したほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)、控訴人訴訟代理人の陳述

本件考案における技術的範囲は、その説明書の登録請求の範囲に記載された各部分が統一されて結合され、本件考案の噴霧器として特有の個性を発揮しているものであることはいうまでもない。したがつて、その登録請求の範囲において蓋1というも、止体2とシリンダー3とをもつて蓋1を挾圧し、手掛部イに二本の指を掛け、ロツド4の頭部9を拇指で押圧するに適する蓋たることを要し、止体2、シリンダー3というも、両者が着脱自在に確固と螺着されて蓋1を挾圧するに足り、しかも、ロツド4がシリンダー3内に僅かの押圧力、同復元力をもつて円滑に昇降を反覆し、全体が小型・コンパクトに形成されなければならないものであり、他の各部もこれに準ずるものであり、このように、構成要素の各部を全体との関連性において存在するものであるとの観点からすれば、本件考案と(イ)号図面及びその説明書に示す噴霧器とは、噴霧器として、実用新案法上における構成、作用効果上の個性が全く同一である。故に、後者における蓋に手掛部を設けた構成という如きは、噴霧器としての個性にあらずして、これを形成する資材の個性、換言すれば、蓋の個性であり、壜の個性たるにすぎない。したがつて、後者における蓋に手掛部を設けたところは、蓋をもつて蓋たるの目的を兼ねるとともに、壜口の延長部たらしめたものに他ならない(すなわち、この蓋は一般的意味における蓋ではなく、壜の一部である。)から、仮に「手掛部イを壜に設けること」が本件考案の附随的要件でないとしても、噴霧器全体としてみるときは、右(イ)号のものは、まさに本件考案と同一又は類似のものである。

(二)、被控訴人訴訟代理人の陳述

すでに第一審における被控訴人の主張として原判決にも摘示されているとおり、本件考案の構造においては「蓋1を手掛部イを設けた壜11に定着して成る」という明確な限定があり、(このような限定的な構造に新規性ありとして登録されたものであることは、その出願経過に徴しても明らかである。)さらに、その説明書には、本件考案の作用効果として、「蓋1を壜11の内側に定着した故に、壜口の外側を手掛部イとすることができるから……」と明記されており、蓋は壜の内側に定着し、もつて壜の外側に手掛部を設けることを可能ならしめているのであり、被控訴人製品のように、本件登録実用新案の登録出願前から公知公用であつた蓋に手掛部を設けた構造の噴霧器は、上記の限定的構造を欠き、したがつて、本件考案とは構造作用効果において一致する余地はない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

本件考案の構成要件及び被控訴人の製品の構造がいずれも控訴人主張のとおりであることは、本件当事者間に争いがなく、この両者を比較考量すると、被控訴人の製品(以下「(イ)号製品」という)は、本件考案の構成要件の一である「壜に手掛部を設けること」という構造を欠き、したがつて、本件考案の技術的範囲に属するとはいいえないものであることが明らかであり、他にこの認定を左右するに足る証拠資料はない。

控訴人は、本件考案における右の構成は、附随的要件にすぎないから、(イ)号製品がこの要件を欠くとしても、なお、本件考案の技術的範囲に属する旨主張するが、前掲当事者間に争いのない本件考案の構成及び成立に争いのない甲第二号証(本件実用新案の公報)の記載に徴すれば、前記「壜に手掛部を設けること」という構成は、本件考案における必須の構成要件であると認めるを相当とし、壜に手掛部を設けたことを構成要件の一とする噴霧器が本件考案の登録出願前公知公用であつたか否かは、いささかも右認定に消長を及ぼしうべきものではない。けだし、本件考案における各構成部分は、控訴人も当審において主張するとおり、統一的に結合され、全体との相関的関係において一個の噴霧器に関する考案を構成するものであり、各部分の一又は全部が公知公用であつたかという事実から、直ちにこれをもつて必須の要件でないもの、換言すれば附随的要件にすぎないものと断ずることは、はなはだしく当を得ないからである。したがつて、前記構成が本件考案の附随的要件であることを前提とする控訴人の主張は、理由がないものといわざるをえない。

また、控訴人は(イ)号製品における手掛部は、その蓋を兼ねた壜体(延長)に設けられたものに他ならない旨主張するが、(イ)号製品において蓋1と表示され壜6の開口部外側に螺着されている部分(原判決添付(イ)号図面及び説明書参照)を壜体の延長として、本件考案にいう壜11(同じく実用新案公報参照)と同視することは、これまた、はなはだしく一般通念に反するものというべく、控訴人の右主張は、もとより採用すべくもない。

叙上のとおりであるから、(イ)号製品が本件考案の技術的範囲に属することを前提とする控訴人の本訴請求は、進んで爾余の点について判断するまでもなく、失当というほかはない。したがつて、右と同趣旨に帰する原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 服部高顕 三宅正雄 石沢健)

原審判決の主文、事実および理由

主文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一 原告

1 被告は原告に対し金八六四万円およびこれに対する昭和四二年三月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と仮執行の宣言を求める。

二 被告

主文と同趣旨の判決を求める。

第二請求の原因

(原告の実用新案権)

一 原告はつぎの実用新案権を有していた。

登録番号  第四五八、一六五号

考案の名称 噴霧器

出願    昭和三〇年七月二二日

公告    同三一年九月一二日

登録    同三二年二月二八日

本件実用新案の登録請求の範囲は、別紙実用新案公報の該当欄に記載のとおりである。

(本件考案の構成)

二(一) 本件考案は、噴霧器の構造に関するもので、(イ)、蓋1に止体2を挿入しこれにシリンダー3を螺着し止体2から通孔4′を具有するロツド4をシリンダー3内へ挿入しこれにピストン5を設置し、(ロ)、蓋1を手掛部イを設けた壜11に定着して成るものである。

(二) 本件考案は、前記(イ)の構成をとり、止体とシリンダーとを蓋を介して螺着し両者をもつて蓋を緊圧している点に考案の要点がある。

これに対し、前記(ロ)の壜に手掛部を設けることは附随的な要件にすぎない。およそ、壜口を朝顔型ないし鍔型の突縁状に形成し壜に手掛部を設けることは、壜の持つている通有性であるばかりでなく、本件実用新案より先願にかかる実用新案権登録第四四五、〇一一号の登録請求の範囲にも壜に手掛部のあるものが記載されているのであつて、噴霧器において壜に手掛部を設ける構造は公知の技術に属する。してみれば、前記(ロ)は附随的な要件にすぎない。

(本件考案の作用効果)

三 本件考案による噴霧器は、壜の手掛部に指を掛けて把持し、ロツドの頭部に指頭を当てて螺旋発条の弾力に抗しロツドを上下すれば、壜内の液体は吸上孔からシリンダーの内部へ吸上げられ通孔を経て噴霧口から噴霧状に噴出するものであるが、つぎのような効果を有している。

(1) 頭部を指頭をもつて押圧開放するとき、手掛部に指を掛けて壜を把持できるので、壜を取りつけたまま噴霧器を各所に移動し、液を撒布するのに好適であり、諸所へ消毒薬等を撒布するのに便利である。

(2) シリンダーは止体に螺着されているから噴霧器全体の着脱分解が自在であり、一部が破損したとき修繕知識のない需要者でも容易にこれを取り換えることができる。

(被告製品)

四 被告は別紙目録記載の噴霧器を製造し、これを販売した。

(本件考案と被告製品との対比)

五 被告製品を本件考案と対比すると、被告製品が本件考案の(イ)の要件を備えていることは明らかである。

つぎに、本件考案の(ロ)の要件は前記のように附随的な要件であるが、その上、本件考案において手掛部を壜と一体に設けるという限定はないから、壜口の部分を別体とし、その壜口に手掛部を設けたものを壜と螺着させたものは本件考案にいう壜に手掛部を設けたものと区別しなければならない理由はないから、被告製品の蓋に手掛部のあるものは、本件考案の壜に手掛部のあるものと均等のものというべきである。

以上のとおりであるから、被告製品は本件登録実用新案の技術的範囲に属する。

(損害賠償請求)

六 被告製品は本件登録実用新案の技術的範囲に属し、その製造販売行為は原告の実用新案権を侵害するものであるが、被告は原告の再三の警告を無視して故意にこれを製造販売し原告に損害を被らせた。被告は昭和三九年三月一日から原告が本訴を提起した昭和四二年二月二八日まで三年にわたり一年につき平均一八万個を一個当り平均二〇〇円で販売したから、販売価格は総計一億八〇〇万円に達する。

ところで、製造販売の実施について実用新案権者が通常受けるべき実施料額は販売価格の八%の額をもつて相当とするから、被告製品に対する実施料額は総計八六四万円となる。これは原告が被つた損害額であるから、原告は被告に対し同金員の支払いと本件訴状送達の翌日である昭和四二年三月八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三被告の答弁

(認否)

一1 請求原因第一項の事実は認める。

2 第二項(一)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。

3 第三項および第四項の事実は認める。

4 第五項のうち被告製品が本件考案の(イ)の要件を備えていることは認めるが、その余は争う。

5 第六項の事実は否認する。

(本件考案の構成)

二 本件考案の構成を究明すれば、不可欠の要件としてつぎの三つのことを挙げることができる。

(A) 原告主張の(イ)の構成(噴霧部分の構成および蓋との関係)

(B) 壜に手掛部を設ける(壜の構成)

(C) 蓋を壜に定着する(壜と蓋の関係)

このうち(C)の要件が本件実用新案出願前の噴霧器に通有不可欠の構造であつたことは物品の性質上明らかであり、(A)の要件も出願前公知の構造として広く用いられていたばかりでなくむしろ噴霧装置には通有不可欠の構造である。してみれば、本件考案は、従来周知の壜と蓋と噴霧部分をそのまま使用した噴霧器において手掛部を壜に設けたところに新規性がある。そして、このように解するのが正当であることは、本件実用新案の出願当初に提出された説明書には専ら噴霧部分について記載されていたが、公知例を引用して拒絶理由通知を受けた後に「蓋1を手掛部イを設けた壜11に定着する」旨挿入訂正されて漸く出願公告されるに至つた経過に徴しても明らかである。

(本件考案と被告製品との対比)

三 被告製品は、従来公知公用の噴霧器と同一構造のものであり、手掛部を蓋に設けている点において本件考案の不可欠の要件を備えていないから、本件実用新案の技術的範囲に属しない。

(損害賠償請求)

四 被告製品は本件実用新案の技術的範囲に属しないから、原告の損害賠償の請求は理由がない。なお、被告の年間製造販売個数は一〇万個から一二万個であり、一個の販売価格は八五円である。

証拠〈省略〉

理由

(原告の実用新案権)

一 原告が本件実用新案権を有していたことは当事者間に争いがない。

(本件考案の構成)

二 本件考案がつぎのことを要件として構成される噴霧器であることは、当事者間に争いがない。

(1) 蓋に止体を挿入しこれにシリンダーを螺着し、止体から通孔を具有するロツドをシリンダー内へ挿通し、これにピストンを設着すること

(2) 壜に手掛部を設けること

(3) 蓋を壜に定着すること

原告は(1)の構成により止体とシリンダーとを蓋を介して螺着し両者をもつて蓋を緊圧した点に考案の要点があり、(2)の構造は附随的な要件にすぎないと主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第五号証および同第七号証によれば、噴霧器において前記(1)、(3)の構造は本件実用新案の出願前から公知公用の技術に属したことが明らかである。原告は手掛部を壜に設ける構造が公知公用であつたと主張し成立に争いのない甲第四号証の一によれば、登録第四四五、〇一一号実用新案の公報には、手掛鍔を壜に設けた噴霧器が記載されていることが認められる。しかし、同号証によると、この実用新案は本件実用新案の先願ではあるが、これが公告されたのは本件実用新案の出願以後のことであり、しかも、その考案者は本件実用新案の考案者である原告自身であることが認められる。したがつて、この資料によつては、本件考案出願当時噴霧器において手掛部を壜に設ける構造が公知公用の技術になつていたとはいえないし、他に原告のこの主張を認めるに足りる証拠はない。さすれば、本件考案は、壜に手掛部を設けるという構成を噴霧器に採用した点に新規性があるとみるのが相当である。したがつて、この点は本件考案の重要な要素であることは、疑をいれない。

(被告製品および本件考案との対比)

三 被告製品が別紙目録記載の構造のものであることは、当事者間に争いがない。

そこで、被告製品を本件考案と対比すると、被告製品がその(1)の要件を備えていることは被告の認めるところであり、(3)の要件を備えていることも明らかである。

しかしながら、被告製品では蓋に手掛部が設けられているから、この点において本件考案の(2)の要件を備えていないものといわなければならない。しかも、成立に争いのない乙第一号証の一、二および同第八号証によれば、手掛部を蓋に設けた噴霧器は、本件実用新案出願の当時公知公用であつたことが認められるから、前記(2)の要件との均等を考慮する余地もあり得ない。

したがつて、被告製品は本件考案の技術的範囲に属しない。

(結論)

四 よつて、被告製品が本件実用新案の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(別紙)目録

蓋1に止体2を挿入し、これにシリンダー3を螺着し、止体2から通孔4′を有するロツド4をシリンダー3内へ挿通し、ロツド4にピストン5を設け、かつ蓋1に手掛部イを形成し、この蓋1を壜6の開口部外側に螺着した噴霧器であつて、7はシリンダー3に透設した吸上孔、8はその球弁、9は螺旋発条でピストン5を押上げる。

10はロッド4の頭部11は噴霧口12は空気孔である。

第一図

第二図

第三図

第四図

第五図

実用新案公報 昭三一―一四九六八(公告 昭31・9・12)

噴霧器

図面の略解

第一図は本実用新案噴霧器の断面図、第二図は同要部を示す断面拡大図である。

実用新案の性質、作用及効果の要領

本実用新案は蓋1に止体2を挿入し此れにシリンダー3を螺着し止体2から通孔4′を具有するロツド4をシリンダー3内へ挿通し此れにピストン5を設着し且蓋1を手掛部イを設けた壜11に定着して成る噴霧器の構造であつて図中6はシリンダー3に透設した吸上孔7は其の球弁8は螺旋発条でピストン5を押上げる、9はロツド4の頭部10は噴霧口、11は壜で手掛部イを設ける。尚場合に依り蓋1に螺糸1′を刻設する事もある。

本実用新案は壜11の手掛部イに指を掛けて把持し頭部9上に指頭を当接して螺旋発条8の弾力に抗しロツド4を上下すれば壜11内の液体は吸上孔6からシリンダー3内へ吸上げられ通孔4′を経て噴霧口10から噴霧状に噴出するものである。

本実用新案は蓋1を壜11の内側に定着した故に壜口の外側を手掛部イとする事ができるから頭部9を指頭を以て押圧開放する時上記イに指を掛けて此れを把持し得るを以て本実用新案噴霧器を壜11に取附けた儘各所へ移動して壜11内の液を撒布するのに好適し従而諸所へ消毒薬等を撒布するのに至極便利であつて又シリンダー3は止体2に螺着したから噴霧器全体の着脱分解が自在であつて従而ピストン5其の他噴霧器の一部が破損した時は修繕知識の全然ない需要者でも此れを容易に取換え得る等の効果がある。

登録請求の範囲

図面に示す如く蓋1に止体2を挿入し此れにシリンダー3を螺着し止体2から通孔4′を具有するロツド4をシリンダー3内へ挿通し此れにピストン5を設着し且蓋1を手掛部イを設けた壜11に定着して成る噴霧器の構造。

第1図

第2図

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例